「ごめんね、アル。わざわざ待っててもらっちゃって……」 「別に構わないんだぞ! と話してたからね!」 生徒会長のアーサーさんに急に呼び止められて、ついさっきまでフランシスさんと一緒に書類整理の手伝いをしていた。 双子の兄・アルフレッドが、じゃあ待ってるよ! と言ったので了解したが、思ったよりも時間がかかってしまったらしい。 オレンジ色だった空が、今や暗い藍色だ。 「が?」 「そうさ! マシューが来る少し前に、帰っちゃったんだぞ」 なるほど、ご機嫌なのはそのおかげか。 普段の兄だったら、「遅かったんだぞマシュー! ヒーローを待たせるなんて酷いなぁ。よぅし、罰としてマックに行こう!」とか言ってそうなくらい放置していたんだし。ここはに感謝しなくちゃね。 「本っ当に、は可愛いんだ!」 少し前、アルは憧れだったに告白し、そしてOKを貰った。 現在、幸せを大満喫中だ。 「それは良かったね」 「君も早く彼女を作った方がいいんだぞ! セーシェルとかどうだい!」 「大きなお世話だよ! 僕にはクマ次郎さんがいるからいいんだ」 それに。 ……兄とが幸せそうに笑い合ってるのを見るだけで、僕も幸せになれるから。 ……―――グサリッ 朗らかで明るい笑顔が、冷たく凍りついた。 「アル、フレッド……?」 あれ? どうしたんだろう。 兄のお腹が、血まみれだ。手も足も、血がいっぱい出てる、 あぁ、そういえば。 「最近、学校近辺で通り魔が出没してるんで気を付けて下さいね」って、菊が言ってたっけ。 って、こんな冷静になってる場合じゃないんだった。 救急車! 早く電話して、早く救急車呼ばないと、 「ねぇ、マシュー……」 足に力が入らなくなったのか、兄が僕に寄りかかって耳元で囁いた。 「ヒーローは引退するよ……。のこと、頼んだんだぞ……」 そういってドサリ、アルが重くなる。全体重かけられて、兄のメタボ気味の胸が耳元に……。 「……え、え……?」 どうしよう、心臓が音を立ててない。 なんで、え。死んじゃったとか? まさか。あの兄が? 頭の中はもうぐちゃぐちゃで、とにかく救急車を呼ばなくちゃ、と思って電話をした。 救急隊員は少し慌てた様子で、こう告げる。 『10分ほど、待ってて下さい!』 ぼーっとアルを見つめていた。なんだか僕が死んだみたいで変な感じがする。 双子だから? それとも外見がよく似てるから? 「っ、どんどん手が冷たくなってきてる……」 兄の手を握って、自分とそっくりな顔を眺めた。 人は誰も通らないし、車の音すら全くない。 そりゃ通り魔だって出没するだろう。 ―――ちゃららららー! 急に鳴った携帯電話に、びくりと体が震える。 派手な着信音を奏でているのは、アルの携帯電話だった。 無意識に、出てしまう。 『もしもし、アルフレッド?』 「……。どうしたの?」 僕らは顔だけでなく、声も似ている。電話越しなら、誰も違いに気付かない。 『あのねあのね、明日、付き合って1ヶ月記念日でしょ?』 「うん」 『帰りにどっか行きたいなぁ、って思って……』 「いいよ、行こうか」 『本当っ!? じゃあ、明日楽しみにしてるね!』 「うん」 『ま、また明日ねっ』 ―――今まで、無音だったはずの世界に響いた甘い音色は、天使の歌声か、はたまた悪魔の囁きか。 残りの4分半、頭を働かすには十分……いや、十分すぎる時間だった。 「……影は薄かったけど、いなくなると存在のでかさに気付くよな」 「……早すぎます、よ……」 「くそっ! 俺が仕事を頼まなきゃ死ななかったんだ……!」 とアルフレッドの1ヶ月記念の日は、僕・マシューの葬式の日になった。 フランシスさんと菊、アーサーさんが泣いている横で、僕はと並んで立っている。 (ちょっとだけ髪型変えて、喋り方とか持ち物とか変えただけなのになぁ。誰も気付かないや……) 「アル……。泣きかったら泣いたっていいんだよ?」 「うん。ありがと……」 僕がもし本当に死んだのなら。 兄はきっと、みんなの前では泣かなかっただろう。だから、兄になりすましている僕も泣けない。 隣りにいる兄をいつも見てきたから、何処でどうすれば良いかはわかるんだ。 ぎゅ、と小柄なを抱き締める。その温かい体温に、涙が流れた。 ……感情までは、コントロール出来なかったけど。 兄になりすますことくらいなら、 「アルー、あともう少しで始まるよー?」 「分かってるとも!」 僕が笑えば、君も笑う。 『それでは、新郎新婦のご入場です!』 パチパチパチパチ……! 「大好きだよ、アル!」 「俺の方が、のこと愛してるんだぞ!」 愛デンティティ (兄になりすまして君を愛すことくらい、簡単さ!) 入れ替わりネタ大好き |