(不健全な)運動しようぜ!




ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


「あれ? サーちゃん、意外に早いな……」



1つ年下の幼馴染である紗綾を家に招くことになったのは、確か1週間前のことだったと思う。
ダブってしまったガチャガチャの景品(涼○ハルヒの憂鬱のみくるちゃんのフィギュアだ)をスイッチと交換しようと思ってスケット団の部室に行ったら、ホウスケに餌をやっている紗綾に会った。そのときに、こそっと「実は、話があるんだけど……」と言われ、ならばと思い、家に誘ったのだ。
小さい頃は、紗綾とその兄の惣司郎と3人で遊んでいたけれども、中学に入ってからはめっきりそんなこともなくなっていた。
交流が再開したのは、高校生になって、スケット団と関わるようになってから。
あまりの久しぶりさに懐かしくなってつい誘ってしまったのだが、紗綾も同じ気持ちだったのか、喜んで「行く!」と言ってくれた。
ちなみに、話の内容としては、運動神経を少しでも良くしたいから練習に付き合ってほしいそうだ。
せいぜい自転車に乗れるくらいになりたいらしい。
きっと、デートでサイクリングとか行きたいんだろうなー、と私は推測している。多分、あながち間違ってはいないだろう。


「可愛い幼馴染みのため、一肌どころか、二肌くらい脱ぐぞー」


その昔。
ひとりっこの私は、とにかく妹が欲しくて欲しくて、とにかく安形が羨ましくて羨ましくてたまらなかった。必然的に、紗綾を猫かわいがりしていた。
紗綾も「おねえちゃん」と言って懐いてくれており、まるで本物の姉妹のようだとよく言われるくらいだったのだ。
ぼんやりと昔を懐かしむ。ああ、小さいころの紗綾は可愛かったなー。もちろん、今も可愛いけど!
とか考えているうちに、黒歴史までもがまざまざと蘇ってくる。


『そーじろーはいいなー、私もサーちゃんみたいな妹が欲しかったなー』
『じゃあ俺と結婚すっか? もれなく義妹としてサーヤがついてくるぞ?』
『うん、する!』


「ぎゃああああああ!!!」


思い出すだけで恥ずかしいいいい! 小学3年の私ってば単純すぎるだろ!
記憶力の無駄にいい安形のことだ……絶対に覚えているに違いない。あああ、過去の私を盛大に殴ってやりたい。タイムマシンであのときに戻りたい!
壁にごんごん頭を打ち付ける。くっそ、落ち着け。落ち着くんだ私。玄関扉の向こうでは、サーちゃんが待っているんだ。
大きく深呼吸して、扉を開ける。


「待たせちゃってごめんねー!」
「よぉ」


だがしかし。
―――そこにいたのは、安形(兄)だった。


「ってお前か!」


安形違いだよ! お呼びでないよ!


「なんだよ、ひでーな」
「帰って! いーから帰って!」
「なんだってそんなにいやがるんだよ。俺に会わせたくないやつでもいるのか?」


「ん? ん?」と言いながら玄関を覗きこんでくる。靴がないかどうか確認しているのだろう。なんだよこいつは。
一人暮らしの娘の様子を見に来た実家のお母さんか? トイレの便座上がってたら怒られたりするのか?


「ちっがうわよ! これからサーちゃん来るの。少しでも運動オンチ直したいから、付き合ってって言われてて」


そう。私は、通信簿に「もう少し頑張りましょう」の判子が押される彼女の手助けをしたいんであって、その兄である置物会長様には用はないのだ。
ただでさえ、さっき思い出した暗黒の思い出が脳裏をよぎって気まずいのに!


「そんなの、スケット団に頼みゃあいいじゃねえか」
「毎度毎度スケット団に頼んでもられないでしょ。あちらさんだって、他の依頼とか来るだろうし」


ちょっと前までは、学校の雑用係みたいだったスケット団も、最近ではちょこちょこ立派な依頼が寄せられる。事件をあっさり解決したり、大事になりそうだった問題を未然に防いだり、とそれはもう見事な活躍っぷりだ。忙しいこともあるだろう。
それに、紗綾はボッスンのことが気になっているから。なるべくなら隠れて練習して、成長したところを見せて驚かせたいんだと思う。このシスコンバカ兄には言わないけれど。


「だーかーら、ね? 帰れ!」
「いや、帰らねぇ」
「駄々っ子か!」


しばらく押し問答を繰り返す私たちを、近所の人が冷めた目で見ては通り過ぎて行く。
ああ、しばらくの間は近所をこそこそと歩かなくちゃいけない羽目になりそうだ……。
かといって、玄関に1歩でも入れたら最後。こいつの口車に上手いこと乗せられ、最終的には、部屋まで上がりこまれてしまうに違いない。それだけは、避けなければ!


「……よし、分かった」
「やっと分かってくれた?」


良かった。
確かに、こいつはめんどくさい性格をしているけど、頭だけはいいのだ。理解力だけはいいのだ。


「俺とも運動しようぜ、ベッドの上で」


前言撤回!
キメ顔で何言っちゃってんのこの人!!


「まさかの下ネタかよ!? もういいよ帰れ!」


頑張って玄関扉を閉める。しかし、片足のつま先を挟まれて閉めることができない。キャッチセールスですか!?


「分かった。じゃあ、俺の玉でボール遊びをしようじゃねーか」
「だからああああ!」



性欲フルスロットル!





(反論は聞かねぇよ。いただきまーす)
(きゃああああ!)







安形は変態だと思うのですよ……