「ごめんなさい副長」
「……わかったから、もうしゃべるな」




人質に取られたまま動けぬ私に、刀を構えた副長は淡々と言った。
刀の目の前には、複数人の男たち。













「マヨネーズが足りないんだけどォォォォ!」




今日のお昼ご飯の時間。
そう言って、山崎さんを軽く締めながら騒ぐ副長と、




「ああ、マヨなら俺が捨ててやりましたぜ」




居眠りをする(昨晩はお妙さんのキャバクラでどんちゃん騒ぎしたらしい)局長の顔に『ゴリラ』と落書きしながら、恐ろしいことを真顔で言う沖田隊長。
そのせいで、女中の私は大江戸スーパーまでマヨネーズを買いに行く羽目になったのだけれど、




「ありえない展開ですね……」




何の因果か(どんな因果かは分かっていますが)(もう嫌と言うほどね、分かっているんです)、悪党に捕まってしまったわけで。
多分、この人たちは真選組に何らかの恨みがある人なのだろう。なにしろあの人たちは、警察なのにテロリストみたいな人達ですからね。
でも、せめて一般人の私を巻き込まないで欲しかったです。




「真選組で女中なんかしてる段階で、お前の運命はきまってたんだよッ」
「私なんかを、助けには来ませんよ」




そう、それが本当のことだ。
誰も来てくれない。沖田隊長も、局長も、副長も、私なんかのどうでもいい人間にかまっている余裕はないのだ。
あの人たちにはやらなきゃいけないことがいっぱいあって、だから、だから、




「うるせぇな!」
「ッ、!」




何があっても泣いちゃいけないのだ。おなかを蹴られても、顔を殴られても。




「てめぇは黙って人質になってりゃいいんだよッ!」




そう、例えお気に入りの着物の裾を破かれても。
ああああ、これお気に入りだったのに。
団子屋で知り合って仲良くなったお妙ちゃんと九ちゃんが「似合うよ」って言って勧めてくれた着物だったのに。
ちょっと高かったけど、椿の柄が綺麗で素敵だったのに。




「お前、あの鬼の副長の情婦なんだろ? オンナ1人守れねぇで、何が鬼だっつーの!」
「なぁなぁ! だったら、こいつヤっちゃってもいいか? なぁいいか?」




あのー。何か勘違いされているようですが、違いますよ。私はそんな女ではございません。
そう訂正したかったが、すぐに喋れなくなった。汚い大きな手が私の口を塞いできたからだ。
別に暴れはしないのだから、そんな乱暴なことはしないで欲しいのに。乱暴な男は女の子にモテませんよ?
まぁ、モテないからこんなことしているのかもしれないけれど。
綺麗な椿模様が破かれ、胸元を大きく露出させられながらも、そんなことをぼんやり思っていたときだった。




「最近、ここらを変質者が通るからと思って尾行してりゃあ、このザマだ」




紫煙と共に機嫌の悪そうな低い声がして、




「お前は……真選組副長、土方十四郎!」
「おっ、鬼の副長だ!」




なんと噂の副長様が登場なされた。
そのまま有無も言わさずに華麗に敵を斬る。ばっさばっさと叩き斬る。まるで何かに怒っているみたいに。
あっという間に、敵は全壊です。ああ、おめでとうございます。




「大丈夫か?」
「大丈夫、です」




刀を振って血のりを払い、鞘に仕舞う副長にそう答えると、途端にばっと視線を逸らされた。
首をかしげていると、おもむろに隊服を脱いで手渡される。




「着とけ。……帰り血とか浴びてるけど、悪ぃな」




よくよく見たら、私は酷い恰好をしていた。確かに、これでは「何か事件に巻き込まれました〜」というのが丸わかりだ。
こんな恰好でいたら、この町の治安の悪さと真選組のダメさを余計にアピールしてしまうだろう。




「どうかしたのか? オイ、本当に大丈夫か!?」




副長の服を掴んだまま、ぼーっと突っ立ったままの私を心配してくれる副長。
ねぇ何で私なんかを助けに来たんですか。
どうして私の顔をそんな包み込むように指でなぞるんですか。
何故「大丈夫か、本当に何もされなかったか?」って何度も何度も聞くんですか。
なんでそんなに悲しそうな表情をしているんですか。




「……帰るぞ」




さっきまで吸っていたものを地面に投げ捨て靴で踏みつけながら、新しい煙草に火をつけた副長の背中に声をかけようと口を開いたら、辺り一面に立ち込めた生臭い匂いに気付いた。
無様に息の根を止めた彼らと、何も出来ずにただ守られてただけの自分を比べてみたら、なんだか無性に涙が滲んで来たけど、きっと鉄臭い空気で息をしたくないからだ。そう、それ以外の何物でもないのだ。






こんな汚い酸素吸うくらいならあんたの煙草臭い二酸化炭素を吸いたい
                         (あなたが好きです、と素直に言えないおんなのはなし)




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