「オリンピックも終わったことですし、僕のうちでお祝いしませんか?」




そう言ったのは、今年度のオリンピックの主催国のマシューだった。
だがしかし。今、彼は猛烈にその一言を後悔していることだろう。




「きゃっはは! もー、アーサーったらぁ〜」
「ハハッ!  も相変わらずだなぁ」
「ね、姉さん、アーサーさん……。ちょっと落ち着いて、ね……?」




念のため、最初に注意しておくが―――まだ、パーティの準備中である。








そもそも、「オリンピックが無事終わったお祝いにパーティがしたいんだぞ! やるなら、オリンピック開催地の君んち主催でやろうじゃないか!」と言い出したのはヒーローを自称するアルフレッドだった。
珍しく自分を立ててくれるアルフレッドに感動したマシューはそれに一も二もなく賛成しただけ。
楽しみではあったが、いろいろ不安もたくさんあった。その一つが食糧的な物である。各国が様々な食べ物を持参する、という決まりにはしたが、それだけではみんなのお腹は膨らまないだろう。




「とりあえずホットケーキでもいっぱい焼こうかなぁ。どう思う?」
「それ、いい案ね!」




くま次郎さんにそう尋ねたはずなのに、帰って来たのは女性の声だった。
びっくりしたマシューが振り返ると、「あたしも手伝うー!」と言いながら姉のが抱きついてきた。




「ちょ、姉さん!」
「ただ料理はマシューに任せるよ。ほら、あたしの料理のセンスはアーサー似だから……」




その代わりに助っ人だよ、と言ってが呼んでくれたのは、「料理ならお兄さんに任せてよ」のフランシス。高級ワインを手土産に、勝手知ったる人の家とばかりに料理を始める。
その話を何処から聞きつけたのか、「俺も手伝うー! 兄ちゃんも一緒だよ!」とフェリシアーノとロヴィーノもやって来た。
おまけに「あの二人だけだと心配で……」と、ルートヴィッヒと菊も付き添いで来た。
来て欲しくないのに、「スコーン焼いてきたぞ! お菓子は俺に任せブフォ!」……アーサーも来てくれた(途中でフランシスによって気絶させられたが)。
気絶させられた紳士なんぞは放置して、初めのうちはなんの問題もなく作業は進んでいたのだ。
フランシスの作るスイーツは見ているだけでも楽しいし、イタリア兄弟の作るパスタはよだれが出そうなくらい美味しそうだった。
ルートヴィッヒご自慢のバウムクーヘンもヴルストもいい香りを立てて焼きあがっていたし、菊が作った梅を模った和菓子は本物みたいに可愛いかった。
やることがなくなったが、気を利かせてお隣のキューバに美味しいアイスを貰いに行ったまでは、なんの問題もなかった。



―――そこまでは。



だがしかし、が貰って来たバケツアイスを冷蔵庫に仕舞ったところでアーサーが目覚めたのが、地獄へのカウントダウンの始まりだった。




「あ……? 俺、なんで寝てたんだ?」
「あら、起きたのアーサー。疲れてたみたいね、着いたら倒れこむように寝てたよ」




アルフレッドと共に育てられたには、育ての親に対しての遠慮なんてものはない。いけしゃあしゃあと嘘をつき、平然と笑っていられる。それがだ。現に今も「大丈夫? 仕事で無理してるんじゃないの?」と優しい言葉をかけつつ、さりげなくアーサーの鞄から爆発物(にしか見えないスコーン)を拝借し、こっそりゴミ箱に投げ捨てていた。




「無理はしてねぇよ。そっか……、悪ぃな。何か俺も手伝、」
「や、いいって。坊っちゃんには美味しい紅茶を入れてもらう、っていう重要な仕事を任せるつもりでいるから」




ね? とフランシス。援護に回ったフランシスの言葉に、うんうんと縦に首を振る一同である。みんな自分の命は惜しいのだろう。




「うんと美味しい茶葉持ってきてくれたんでしょ?」
「お、おぅ! うちんとこの一級品だ。期待しとけよ!」




ミミが微笑んで尋ねれば、いとも簡単にアーサーは操れる。そのことを一番知っているのは、マシューだった。




(姉さんってばすごいなぁ……)




しかしながら、マシューは忘れていた。そんな頼もしい姉の、唯一ともいえるくらいの弱点を。





「アーサー、何の紅茶持ってきてくれたのー?」
「ん? アイリッシュモルトだよ」




発端は、なんのことはないそんな些細な会話だった。




「あぁ! あたし、あれ大好き! 小さい頃よく飲んでたよねー」
「べ、別に、お前のために持ってきたわけじゃないんだからな! 俺のためだかんなバカぁ!」
「はいはい、ツンデレ乙。……アルは紅茶嫌いだ、珈琲がいい〜って喚いてたけど、あたしはやっぱり紅茶派だなぁ」




その言葉にはウソはないだろう。今でもは紅茶をよく飲んでいるので(逆に、珈琲はほとんど飲まない)。




「アイリッシュモルトはウイスキーを入れて飲むと上手いんだぜ? だから、今日はウイスキーも持って来たんだ」
「そうなの? 初めて知ったよ」
「そりゃあお前、いくら国って言ったって子供にはアルコール与える訳にゃいかねぇから……」
「まあねー。じゃあ今なら飲んでもいいよね?」
「あ、ああ……。まぁ、いいんじゃねぇの?」
「やったぁ! じゃあとびっきりのを入れてよ!」




と、あれよあれよという間に話が進んでいた。それぞれ作業していたみんなも、「紅茶なら大丈夫だし」と誰もアーサーを止めなかった。むしろ、「あ、俺も飲みたいー」などと休憩モードに入っていた。




「はい、

たっぷり時間をかけて全員分淹れ終えたところで、アーサーが最初にに渡す。
「ありがとー」と言って受け取ったがコップに口をつけたところで、「あ」とマシューは思い出した。




―――姉はアルコールに半端なく弱いことを。そして、とんでもなく酒癖が悪いことを。




ウイスキーボンボン一つで酔うほどだっけなぁ、とぼんやり思った頃には、姉のカップは空っぽになっており、すでに酔っ払いが一人出来上がっていた。
あげく、いつの間にあけたのか「お、いいもんあんじゃねぇの」と言いながら、フランシスのワインを喇叭飲みし始めるアーサー。こうして、二人の酔っ払いが完成したのだ。




「ねぇねぇルートくん知ってたぁ? その昔、ヴルストの皮って何に使われてたと思うー?」




完璧に目が据わっているとアーサー。
誰もが関わりあいになりたくないと思っていた矢先、が華麗なジャンプで飛んだ。その先にいたのは、床に座ってクマ次郎さんを撫でていたルートだった。
急なことで避けきれなかったルートに、妖艶な表情で馬乗りになる




「……ししししし知らん!」
「きゃっはは! じゃあお姉さんが教えてア・ゲ・ル☆ あのねぇ、避妊具の代わりだったんだよぉう?」




それこそまさに、卑猥すぎるウインナーだよね、ひゃほうっ! と雄たけびを上げる。その下で、ルートは足掻くしか出来ない。
あまりに突飛すぎる行動についていけないロヴィーノとフェリシアーノが、部屋の隅で抱き合って震え出した。
「守れこんちくしょーめ!」「うわぁぁんルートォォ!」と泣き叫んでいるが、頼みの綱となるべき人物は、着ていたタンクトップの中に手を突っ込まれ、あげくに「胸筋ムキムキー!」と楽しそうに乳首を触って遊ばれ、白目を向いていた。




「うっふふ! フェリちゃんってば可愛いなぁ〜。もう本当に食べちゃいたぁーい☆」




おびえているフェリシアーノの元に行こうとしたを、「じじいの本気!」と言いながら懸命に止める菊。しかしそんな努力もむなしく、呆気なく押し倒された。




「……フランシスさん、姉さんを止めて下さい」
「ごめんマシュー、それ俺でも無理だわ。だってちゃんの酒癖の悪さって、アーサー以上だもん」




「お助けを〜!」と助けを求める菊の声は聞き流して、紅茶をちびりちびりと啜るマシューとフランシス。我関せず、何も見えない何も聞こえないを通している。




「そういえばぁ〜、菊ちゃんところじゃ『今度産む』と『コンドーム』を引っかけてるって説もあるんだってぇ? あはは、まさかの親父ギャグだねっ」




つつつ、と菊の顔に指を這わせていく。頭の中で素数を必死に数えて理性を保とうとする菊だったが、ぐいっと顔が近付いて耳元で「でもぉ……」と囁かれた段階で、魂が口から抜け出た。




「きっとヴルストの皮じゃ着け心地悪かったんだろうねぇ。じゃなかったらぁ、アーサーんちはコンドームなんてものを発明しないしー?」
「ちょっと待て。それ、俺んとこじゃねーぞ」



ミミがそう言った瞬間、ぐでんぐでんに酔ってほぼ全裸状態のアーサーが異議を申し立てた。




「ふぇ?」
「ヒゲのところが発明したんだよ。だから、俺んちじゃねぇ!」




真っ赤な顔とパブった恰好でも偉そうに、ずびしっ! とフランシスを指さすはアーサーだ。一方のはと言えば、菊の腰の上に座り込み(限界を迎えていた、いろいろな意味で。)、「フランシスー、そうなの?」と小首をかしげている。




「そんなわけないでしょアーサー。雅なことで知られるお兄さんちがそんなものを作ったとか、あり得ないこと言わないでよ。そっちの黒歴史を俺になすりつけるのはやめてくんない?」
「いーや、お前のところで作られたもんだ」
「違いますぅー。そんなもの作ってませんー」




お互いに譲らない二人。目からは火花が散り、まさに一触即発の雰囲気である。
今のうちに! とばかりに、マカロニ兄弟が未だ気絶したままのルートを引き摺って、隣室へと連れて行った。心の中で、菊の冥福を祈りながら(注:まだ死んではいません)。




「そもそも、大体のエロいもんが坊っちゃんのところが発祥じゃない」
「っ、決めつけんなよバカ! 作り始めたわけじゃねぇ。ただ、俺んところの商品は性能が良いから勘違いされることが多いだけだ!」
「違いますぅー。充分うちの商品だって性能いいですー。っていうか世界一でしょ!」




はたから見ればどうでもいい争いごとだったが、本人たちにとっては何事にも譲れない問題らしい。段々と白熱する口喧嘩。醜く罵りあい、汚い言葉が飛び交う。




「違ぇよ! 俺のとこが一番だっつーの!」
「あったま来た! こうなりゃ、!」
「ふい?」




涙目の菊の着物を剥いでいた(構造が洋服と違うので混乱しているらしい)が振り向く。そのわずかなすきに、菊は変わり身の術で逃げ出した。そのまま、隣室の仲間の元へと走っていく。




「「どっちのが性能いいか試してみようぜ?」」



イギリスとフランスは「コンドーム発明国」というのをなすりつけあっている。




珍しくハモったアーサーとフランシスの言葉に、の動作が止まった。それと同時に、酔いが一気に冷める。




「ま、マシューっ! 助けて、お姉ちゃんを助けてぇぇぇぇ!」




お姉ちゃんの貞操の危機よぅぅぅぅ! と喚くを担ぎあげるフランシスと、その二人の上から圧し掛かるアーサー。
「おかしいな……。僕ホスト国なのに……。ね、クマ吉さん」「ダレ?」「マシューだよ!」と存在感の薄さに消えかけていたマシューが、姉のピンチに気付くまで……あともう少しかかりそうだった。





(「大人は皆えっちである!」様に提出作品!)