2月14日は、バレンタイン。
大して興味も無いそれだが、某国ではチョコ会社が大きな陰謀を謀ったせいで、なかなか代表的な行事であると言えよう。




「まぁ、実際何の日かと言われたら、『ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止したといわれている。キリスト教司祭だったバレンタインは秘密に兵士を結婚させたが、捕らえられ、処刑された』日であり、縁起のいいものではありませんが。抜粋、ウィキペディア先生より」
「ふん、チョコをもらえそうにない野郎は黙ってるよろし」




風に吹かれてたそがれながら(とは言ってもまだ朝なのだが)、ベランダから階下の自転車置き場を見下ろす高校生が二人。菊と耀だ。
ブリックパックの牛乳を片手に、ストローを噛みながら苦々しく菊が呟くと、隣でにやりと耀が笑った。そして、ポケットから綺麗にラッピングされた箱を取り出す。




「え、もう貰ったんですか!?」
「ふふふ、湾が早朝、『これ、哥哥に!』って持ってきてくれたアルよ」




このリア充が滅んでしまえ! と言いながらその箱を奪い取る菊。ちなみに、湾と耀はお隣同士の幼馴染さんである。




「ちょ! 何するアル!」
「可愛い幼馴染がお隣りに住んでるとか、どんなギャルゲですか深夜アニメですか。ええーい、奪ったり!」




と騒いでいた2人だったが、菊がリボンを解いて中身を出した瞬間、大人しくなった。
……中には手錠型のチョコが入っていたからだ。




「……えっと、これは?」
「あ、カードが入ってますよ。『これでまゆげを捕まえられるよ、哥哥! 頑張ってね!』だそうですが」




手紙の文章を読み上げる菊に、耀は「声に出すんじゃねーアル!」と喚いた。そう言えばこの間、「本田さんの一番お勧めカップリングは何ですか? 最近、私は好茶組にはまっていますっ☆」というメールが湾から来ていたことを、菊は思い出す(意外にもメル友なのだ)。




「ん? どしたんや男二人で額寄せ集めて。なんかあったん?」




おはよーさん、と言いながらロヴィーノと一緒に教室に入ってきたアントーニョが言う。そんな二人の手には、表面帳力で保っているの? というくらいチョコレートがいっぱいに詰められた紙袋が三袋もあった。
くっ、全国のモテない男の敵っ! とハンカチを噛み締める菊。




「湾さんから貰ったチョコが、腐女子ホイホイだったんですよっ。それでも、チョコを貰えるだけありがたく思え!」
「きーくー。八つ橋忘れてるアルよ」
「そういえば昨日、ベルたちがチョコレート作るー言うて、張り切っとったなぁ」




机の中からも、実におしゃれな箱がわんさか出てくるロヴィーノを横目に見ながら、「な?」とトーニョが話を振る。それに「ああ」と返事しつつ、『回想スイッチ 〜押してダメでも押してみな〜』と書かれたスイッチを、ロヴィーノが菊に投げて寄越した。




「何ですか、このドラ○もん的な物体は」
「知らねぇけど、昨日アルフレッドがくれたんだよ。『俺の英知を寄せ集めて作った最高傑作なんだぞ!』って言ってたぜ」
「え、そういう展開有りなん!?」




あーだこーだ言いながらも、スイッチを押すと……。




〜回想〜
時は遡ること昨日の昼。
高校生になったからには青春しよう=バレンタインにチョコをあげよう! と意気込んだたち女の子組が、何故かティノの家に集まっていた。
「えっと、何で僕のうちに集まるんですか」というティノの質問は華麗にスルーされる。




「え、だってティノも、ベールヴァルドさんにあげるんでしょ? いいじゃない、ついでよついで!」




エリザベータのその言葉に、「だって僕、男ですよ!?」としょげたティノだったが、「え、でもベールさんが楽しみにしてる的なことを漏らしてたよー」と湾に言われ、しぶしぶエプロンを取り出した。




「ところで、さんは誰にあげるのですか?」
「んー。同じ委員会だから、ギルにあげよっかなーって思ってる。いろいろお世話になってるし」




とギルベルトは、共に放送委員会に所属していることから仲良くなった。親しくなるうちに、顔の広いギルに紹介されて他のクラスの子たちとも仲良くなることも出来た(今こうして一緒にチョコ作りに励もうとしている女の子たちもそうである)。
そんな彼が放送委員に入った理由は、「放送室は無法地帯だから、何しても教師に怒られないってフランシスが言ってたぜ!」という邪な理由であったが、そんな動機を抜きにしてもなかなか頑張っていると言えよう。




「そう言うりっちゃんは? やっぱり、例の『お兄ちゃん』にあげるの?」
「そうですね。でも、兄さまは喜んでくれるでしょうか……」




リヒテンが兄と慕う(実際は従兄である)バッシュは、風紀委員で期待のルーキーである。厳しい服装チェックを行うことで有名で、生徒からは煙ったがれているが、風紀が良くなったよ〜と先生方からは評判だ。




「当然やろ! 女の子からのチョコを貰って喜ばん男なんかおらへんよ! うちは親分とロヴィだけでええかなー」




ベルと、トーニョとロヴィは小学校からの付き合いだ。自称・みんなの親分のトーニョと、その子分を自負するベルとロヴィの三人は大の仲良しで、登下校を共にしている。それでも、トーニョ&ロヴィのファンの女の子たちが「ベルちゃんなら!」と許してしまうのは、その姉御っぷり故だろう。お姉さま! と呼ばれることも多い。




「エリザは、やっぱりローデさん一筋なん?」
「もっちろん! 今年は本命で行くわよ。ふふっ、男性器を象った形のチョコを作って、それを半泣きで舐め食べて貰うという壮大な計画があるの……! セーちゃんは?」




エリザベータの、ローデリヒへの愛は並々ならぬものがある。それが分かっているので、誰も突っ込まない。鼻息が荒めなのも、愛が歪んでいるのも、デジカメを常備していることにも、あえて突っ込まないでおく。




「まゆげ……にはあげなくていいっすよね。お返しが酷そうだし。私はフランシスさんと、マシューさんの予定っす」




「フランシスさんかー、私もあげようかな」「っていうか、お返しが楽しみだよね」「それに引き換え……生徒会長のスコーンは兵器だよねぇ」と呟かれていることなど露知らず。その頃のアーサーは、明日、お世話になっているみんなにスコーンを配ろう! と材料の買い出しに行こうとしているのを、弟のピーターに全力で阻止されていた。くしゃみしながら。
それはともかく、




「湾ちゃんはどうするっすか?」




乙女の談義はまだまだ続く。しかも、さらに白熱さがヒートアップして。




「哥哥と……あと、煩いから勇洙にもあげとこうと思ってるの。で、本田さんには自作の同人誌をプレゼントするわ」




その場のみんなが、「ああ、菊ちゃんは、多分チョコよりもそっちの方が喜ぶね……」と若干引き気味に思ったが、口には出さなかった。そんなことはお構いなしに、「あ、でも初音ミクのフィギュア型チョコなら喜ぶのかしら?」と楽しそうな湾。




「とーこーろーでっ! ナータちゃんは誰にあげるの?」
「もちろん兄さんにしかあげない。兄さん兄さん兄さん……!」




チョコ系のお菓子が載ったレシピを見ながら、一心不乱に板チョコを割るナターリヤ。実の兄を何よりも愛しているナターリヤの愛は、今回も重すぎるようだった。




「そういや、ばいーんって音が聞こえへんなぁと思ったら、ウクちゃん来てないやん」
「姉さんは用事が入って来れなくなった。……姉さんの分も私が……!」




実際のところは、姉に兄さんへの一緒にチョコを作られてはたまらない、と監禁まがいの行為をしてでも阻止したというのが真実なのだが。そんなことは誰も気づかない。




「そうだ、じゃあこんなのはどうかしら? イヴァンくん型のチョコの中にナターリヤちゃん型のチョコがいっぱい入ってるの。マトリョーシカみたいで可愛いわよ?」
「おお、いい考えですねエリザさん! それいいよナータちゃん。愛情たっぷりで、絶対にイヴァンくんも喜ぶよー」




のほほんと言うに、頬を染めて小さく照れるナターリア。そんなガールズトークを全部聞いていたティノは、心の中で小さく合掌した。女の子って怖い、僕は男で良かった! と考えながら。
そして、溜息をつくと、ポン、と手を叩く。




「よし、作りましょう!」




そして、それぞれ思い思いのチョコレートを完成させ、後は綺麗にラッピングして、明日渡すだけ! という状態になったところでお開きになったのだった。
〜回想終了〜



「ということだ!」
「いやいや。何を自分のお手柄みたいな口調で言ってるんですか。これは謎のメカのおかげであって決してロヴィーノくんの活躍とかではありませんからね?」




この回想が事実だとするならば、午後にでも湾が自分にチョコ(or 同人誌)を持ってきてくれると踏んだ菊は、無表情ながらも内心ではほくほくだ。
毎年毎年、女子がこっそりと作成しているらしい「バレンタインに何も貰えなかった可哀想な男子リスト」に名前が入ってしまっている身としては、脱☆チョコ0個なだけで満足なのである(しかし、出来るなら同人誌よりも初音ミク型チョコの方が良いと思ったりもしたが)。




「ルート! 菊! おっはよー!」




ちぎー! と言いながら菊に掴みかかろうとしたロヴィーノだったが、自分とアントーニョを足したくらいの量のチョコレートを持ち、あげくに両手両足では収まらないほどの女の子たちを侍らせた(本人にその気はないが)弟のフェリシアーノが教室に入ってきたことで、石化した。
本人の周りにはふわふわした花がいっぱい飛んでたアル、でも後ろの女の子たちの間には火花が散ってたネ、と後々になって耀は様々な人に語ることになるのだが、長くなるのでここでは省く。




「あのね、昨日の帰りにコンビニに行ったら『友チョコ』っていうのが売ってたんだー。今年は友達にチョコを贈るのが流行ってるんだってー」




だから、はい! と満面の笑みでティラミスを渡すフェリ。背後で控えていた女子軍団が、一斉に「食べたいっ」「欲しいわっ」と涙をのんだのは言うまでもなかった。




「俺、すっごく二人に食べて欲しくて、昨日の夜から頑張って作ったんだー」
「フェリシアーノくん……」
「お前……」



その台詞を聞いた瞬間、背後の乙女たちが泣きながら教室を出て行く(ちなみに。一部の腐女子は歓喜のあまり泣き出したんですよー Byエリザベータ)。
その、ぞろぞろと連なる負(若干の腐も混じってはいたが)のオーラに当てられて、こいつはなんて乙女の恋心クラッシャーな男だろう、と菊もルートも思ったが、口に出しては言わなかった。




「あ、お礼は三倍返しでねー」




チャオー、とひらひら手を振って、投げキッスと共に何処かへと去っていくフェリ。じゃあお前は女の子たちから貰ったチョコに三倍で返すんだな、と聞いてみたいルートだったが、そういう点(逃げ足とか、そういった点だ)ではちゃっかりしているフェリのことだ、ハグとキッスで曖昧に濁して終わってしまうのだろうなとぼんやりと思った。




さて、その頃のは。
学校に着くなり、はすぐにギルを見つけることが出来た。だが、別にそれは、に特殊能力があるわけでも、ギルを懇意に想う気持ちがあるわけでもない。ただ単に、不憫臭が辺りに漂っているからというだけである。
現にフランシスの周りでは、もうすでに女の子たちが寄って来ては去っていく(それはまるで波のごとき)状態なのに、その隣にいるギルの傍には、誰もいない。敢えて言うのであれば、肩にピヨピヨと鳴く小鳥しかいなかった。
ぼそっと「一人楽しすぎるぜー」と口元が動いたのを確認する。口癖にも近いその独り言を言っているのは、大体強がっている時だ。意を決して近づくのみ。




「おっはよー、フランシスにギル!」
「あれ、おはようちゃん」
「おー! はよーっす!」




ぽん、と肩を叩いてあいさつを交わす三人。今でこそ気軽に話せる仲だが、入学当初のが見たら、「未来の私ってすごい!」と感動しそうなほどの進化なのである。




「相変わらずモテモテだねー、フランシス。それに比べて、ギルベルトくんはどうですかな? チョコ貰えましたか? ……なーんて、どうせ貰ってないんでしょ」
「……って、分かってるなら聞くなよ」




―――そして、そうなるように変えてくれたのは、まぎれもないギルベルトであり。




ちゃんは、お兄さんになーんか渡すもんがないかなぁ〜」
「あはは、ごめんごめん。モテ男のフランシス様にはないんだけど、可哀想なギルちゃんには……えーと、これ!」




聞いても顔を背けられるだけだったので、は素直に作ったチョコを渡した。
その瞬間、ひどく驚いた顔をして頬を赤く染めるギル。




「うへええええ!! 、これっ、えぇぇ!?」
「え、チョコなんだけど……。そんなに驚くことかな……?」




ギルベルトのあまりの反応に驚いて、はびくりと身体を震わした。
傍にいたフランシスも、ギルベルトの手元のチョコに視線を送る。―――大切な悪友の、その大きい手の中にある綺麗にラッピングされた、可愛い小包を。
その視線に気付いたは、笑った。




「ギル、本っ当にありがとうね。これは、そのお礼だよ」




多分、が感謝の意を示したところで、実際には半分も伝わっていないだろう。良くて三分の一、もしかしたら同情であげたと思われたかもしれない。それでも良かった。
これからだって、いくらでも感謝する機会はあるのだ。今回のバレンタインデーは単なるきっかけに過ぎない。
フランシスは、そんなの気持ちが分かっているのか優しく微笑んだ。流石は『みんなのお兄さん』だ。その名を自称しているだけのことはある。




「良かったなぁ、プーちゃん」
「ケッセセ! 俺様の、人生初☆女の子から貰ったチョコだぜ!」
「え、」




「は? 初めて貰ったとか嘘でしょ!?」と思わずオネェ言葉になってしまったフランシスに、「や、マジマジ」と返すギルベルト。ケータイを取り出して写メっているところをみると、もしかしなくてもブログに乗せる気満々なのだろう。多分、『人生初! チョコゲットだぜ!』とかいう題名で。




「毎年、フランシスとルッツからしか貰ったことねぇし。……あ、でも妄想でならたくさん貰ってるけどな!」





妄想でしかもらったことない

(え、なんて可哀想な人生送ってきたのこの人……)(ま、でもそんなギルにも、近いうちに春が来そうでお兄さんは何よりだよ)






0214様に提出作品!
半分くらいまさかの実話なんだぜ!