……?」

―――同じ場所で輝き続ける北極星のような彼女を、見つけた。

いつものように、(星を脱いだ)すっぴん状態でコンビニに買い物に行ったとき。ふと何気なく眼をやった雑誌コーナーの中の、週刊誌の表紙に……彼女の名前があった。
短い間、俺たちと共に荒川に住んでいた仲間。そしてある日、急にいなくなった大切な存在。
忘れもしないその名前を見た瞬間、胸の奥に何とも言えない苦いものがこみ上げてくるのを感じて、俺はその週刊誌を手に取る。
くそっ、メランコリックな気持ちなんてもん、俺には似合わねぇと思っていたのに。




「ありがとうございましたー」



元気のいい店員に見送られてコンビニを出た俺の手には、ガムや煙草の入った袋と一緒に、週刊誌が一冊。



(結局、買っちまったな……)



買うつもりはなかったのだが、立ち読みをするのはなんとなく気がひけたのだ。
持って帰って読むことも考えたが、これはニノの目に触れさせない方がいいような気がする。そう考えた末、俺はゆっくり歩きながら読むことにした。週刊誌を開くと、そこには派手な色使いとゴテゴテしたゴシック体が踊っている。
俺が芸能界から消えた後も、週刊誌のゴシップは相変わらず沸いているようだった。嘘くさい通信販売の広告に混じって、下世話なニュースや捏造された事実が溢れているそれに、吐き気がする。
人気のない裏道の隅っこで、なるべく目を背けながらページをめくり、お目当ての記事を探している自分はなんと惨めなのだろう。そんなことを思っていると、それはあった。雑誌の真ん中の方に載っている記事。



『人気の若手歌姫、熱愛か!? イケメンギタリストTとお泊りホテルデート!』



「……っ、くそっ」



ただの同姓同名であってくれたら、嘘であってくれたら、どんなに良かっただろう。しかし、現実は残酷だ。サングラスと帽子で変装していたって分かる……紛れもないその横顔は、俺の予想通り、のものだった。何度も何度も見たことがあるのだ、間違えるはずがない。



(やっぱりこれは、ニノには見せない方がいいんだろうな……)



持って帰って大事に取っておきたい気持ちもあったが、ここで捨てて帰った方がよさそうだった。
この写真は、もし仮にニノがもうの顔を忘れてしまっていても(ありえない話ではない)、うっかりいろいろ思い出してしまうかもしれないレベルだ。そう、俺みたいに。

……ニノとは、仲が良かった。
もちろん、ニノはP子やマリアとも仲が良かったのだが、P子は冬の間は荒川を出ていくし、マリアはあんな感じの性格なので、常にニノと一緒にいたわけではなかった。当時の荒川にはリクは住んでいなかったし、必然的にニノはといることが多かったと思う。少なくとも、仲はとても良かった。
2人が一緒に喋っている様子は、なんとも楽しげで、いい絵になっていた。「見てると幸せな気持ちになれるよね〜」「ね〜」と鉄人兄弟も言っていた。

だからだろうか。
こっそり受けていたオーディションに見事合格し、晴れて歌手になることが決まり荒川を出ていくことになったとき、は、みんなに内緒でいなくなった。もちろん、ニノにも。
村長と俺だけがが出ていくことを知っていて、「朝起きたらがいないのだが、どこに行ったか知らないか?」と悲しげに問うニノの相手をした。
村長に告げて出て行ったのは、ニノへの配慮だったのだろう。俺に教えてくれたのは、ある意味当然のことだった。だって、俺たちは。俺たちは―――



「……星」



回想に浸っていると、不意に名前を呼ばれた。ふと我に帰る。
今の俺は、星のマスクを被っていないスッピン(※そしてイケメン)。それなのに、「この状態の俺」=「星」だと分かる人間は、ごく一部だ。それになおかつ、この声には聞き覚えがあった。
噂をすればなんとやら、というやつだろうか。



!」



なんというタイミングで現われてくれるんだ、お前は。
つーか、ゴシップ誌に狙われているような天下の歌姫様が、こんなところで一般人(今の俺は、ただの平凡な野郎にすぎない)と呑気に会話なんぞしていていいのか。
当初は、とうとう懐かしさのあまり幻覚が見えてしまったか、とも思ったが、そこにいた彼女は、俺の記憶の中の姿とは少し異なっていたので、どうやら本物らしい。



「か、髪の毛。切ったんだな」



なんとか会話の糸口を見つけようと、震える声で(中坊の初恋じゃあるまいし、恥ずかしい)出した話題は、すっかり短くなったの髪の毛だった。週刊誌の写真では帽子をかぶっていたため気付かなかったが、今の彼女の髪は、肩口ぎりぎりに切り揃えられていたのだ。
昔は、もっとずっと髪が長かったのに。腰辺りまで伸ばした髪は黒くて艶やかで、よくラストサムライが「手入れがよく行き届いているでござる」と褒めていたのを思い出す。



「うん。え? 似合ってない?」
「いやいや。似合ってるとは思うけどよー。ただ……長い髪を振り乱して俺の上で啼くが好きだったんだよな」



小さく呟くと、はじとっとした冷たい眼で俺を見た。



「なんとも滑稽なご趣味ね、このド変態」
「……ポジティブに、褒め言葉だと捉えておくぜ」



昔話をしよう。
あるところに、将来のことを家族に反対された女の子がいました。自分の夢に理解を得られないことに絶望した彼女は家を飛び出し、やがて荒川にたどり着きます。そこの住人と仲良くなった少女は、河童の村長に「」という名前を貰い、自分もそこに住むことにしました。そして、そこで1人のギタリストの青年と出会ったのでした。
めでたし、めでたし。



しかし、当然ながら物語はそこでは終わらない。
が抱いていた夢、それは歌手になることだった。俺は、元売れっ子ミュージシャンとしてそんな彼女を応援し励ました。時には練習に付き合ってやったりした。
一緒にペアを組んで荒川かくし芸大会に出たり、2人で作った「才能がみじんも感じられない歌」(という題名の歌だ)を歌ったりもした。そのうちに、俺たちの間には恋慕っぽい気持ちが芽生え始め……



そのまま、大人の関係になってしまうまでにさほど時間はかからなかった。



当時の俺も今と同じようにニノのことが好きだった。でも、同じくらいちゃんとのことが好きだった。これだけは、胸を張って言うことができる。
同じ毛布にくるまりながら、小声で子守唄を歌ってくれる彼女は愛おしかった。ワンレンでなくたってかまわなかった。行為の後に、時折かすれたような声で俺の作った歌を歌い、そのことをからかうと「誰のせいだと思ってるの!」と怒られる時間も幸せだったし、白くてすべすべしたの背中を眺めながら、彼女の夢物語を聞くのも好きだった。大好きだった。
思えば、の本名を聞いたときもそんな感じだったと思う。俺のねぐらであるトレーラーハウスで、を抱きしめながらソファーでうとうとしていたときに教えてもらったのだ。「今度ね、オーディションを受けてみようかと思っててね」と相談されたのも、拝み倒してやってもらった膝枕の最中だったと記憶している。
俺たちの関係に気付いていたのは、たぶん村長くらいだっただろう。ここの住人は、基本的に他人の恋愛への興味が薄いから。でも、誰に知られてなくてもよかったのだ。
毎日が幸せだった。毎日が光輝いていた。
それでも、オーディションのことを相談されたとき、俺はを止めなかった。むしろ、「やってみろよ」と背中を押しさえした。俺や荒川のみんなと、とが離れ離れになってしまうことに気づかぬふりをして、それが彼女の幸せにつながると信じた。
現在、あの頃とは何もかもが違っていた。あの頃には戻れないのだという事実を思い知らされる。



今、目の前にいるは幸せなのだろうか。
一緒にスキャンダルされたあの男はどうしているのだろうか。
彼も、インタビューされて「彼女とは、ただのオトモダチです」と答えるのだろうか。
そして、いつぞやかの俺のように、急に愛から褪めてを捨てたりすることはないだろうか。
もしそうなったら、は傷ついて泣いたりしないだろうか。
俺は、心配してしまう。もう彼氏じゃないことは理解していても、が手の届かない存在になってしまっていても。俺はのファンクラブの1番目なのだ。恋人とフライデーされても、仮に売れなくなっても、仮に歌手を辞めても。何があっても、俺はの大ファンなのだ。
だからそう、この感情は決して恋とか愛とかそういう類のものじゃない。
に対してのこの想いは、全部俺の勘違いなんだ。そうなんだ。



「あのね、星。私と一緒に週刊誌にスキャンダルされたあの人ね……」



ああ、もう何も言うな。



「星に、似てるの。その、雰囲気とか性格とか」



これ以上俺を勘違いさせないでくれよ、


スリーコード・ララバイ
(日常の幸せなことや憂鬱なことを歌うブルースのコード進行は、スリーコードのみで作られている)






けっきょくわたしはあなたをわすれられないの、と彼女は詠った。