今年の夏の異常気象で、集中豪雨やら猛暑やらが頻繁に起こっていた。
梅雨の時期は、神楽は「これからは夜兎の時代アル! 来たぜぇぇぇぇ私のターン!」などと言って喜んでいたが、銀時と新八はと言えば、じめじめする湿気に疲れていた。
洗濯物は乾かないし、依頼の数も減る。何をするのも嫌になるし、定春までもが散歩に行くのにぐずり出した。食べ物にはカビが生え、煎餅は湿気り、髪の毛はますますボリュームを増していた(※銀時限定)。
逆に猛暑になれば、「あっという間に私の時代は終わったアル……」とクーラーのないことを嘆く神楽と、保冷剤を身体中に貼り付けて仕事にやってくる新八、元々のやる気のなさに輪をかけてやる気のなくなる銀時、毛皮が暑いのか死にそうな定春。
そんなこんなで、やる気の失せていた2人と1匹だったが、冷蔵庫を開けた新八のひとことで事態は急転する。




「あ、食べる物が何もない」






***




「……ったくよー」




冷蔵庫の中には、何もなかった。卵さえなかった。缶詰めすらなかった。
そういえば、こうなることを見越して大分前に買い貯めしていたはずの卵は昨日の夜で最後だったなーと思いながら、道を歩く銀時。そんな今日はといえば、傘を差していても全く意味がないくらいの大雨だった。
卵は、梅雨が来る前に3人で大江戸スーパーまで買いに行ったものだった。「お1人様3パックまで」とあったので何度も何度も並んだ。最終的に30パック近く買ったはずだったが、それでも足りなかったらしい。




「銀ちゃーん。卵かけご飯飽きたアル。私、野菜食べたいネ。食物繊維は女の美容の源ヨ」
「そうだね神楽ちゃん。銀さん、たまには野菜食べた方がいいですよ。絶対栄養偏ってますよ」




甘いもん欲しいし俺が買い物行くわ、と言ってしまったのが運のツキ。
新八に押し付けられたのは、野菜やら魚やら大量に食材の名前が並んだメモ用紙だった。
「やっぱ、一番卵食ってたやつが行けよ」とは言ってみたが、神楽は聞く耳を持たず。
仕方なく外に出ては見たが、車にドロ水を跳ねられ、着流しの色が変色した辺りで気が滅入った。
まだ大江戸スーパーまで大分距離があるというのに、銀時は今来たばかりの道を引き返す。




「……どーせ、スーパーの野菜売り場とかで売ってんのは、雨や暑さの被害にも負けなかった貴重なやつだからな。高いに決まってるんだ」




珍しく、至極最もな発言を言い訳にし、元来た道を戻る銀時。
記憶が間違っていなければ、確かこの辺に寂れてはいたが八百屋があったはずだった。昔、何回か買い物をしたことがあるので覚えている。




「お、あったあった」




老夫婦が静かに営んでいる(はずだ)八百屋を見つけて、銀時は傘を閉じた。
まだ大江戸スーパーが出来る前はそれなりに賑わっていたのであろうそこは、開発の波にさらわれて、利用者が減ったものと推測された。




「こんちはー」
「あ、はい! ちょっと待って下さいね」




こんな日に客が来るとは思わなかったのか、経営者は奥にいるらしい。
娘さんだろうか、今の季節には不似合いな半纏を着た女性が繕い物をしながら、にっこり微笑んだ。そのまま「おかーさん! お客さーん!」と奥に呼びかける。




「すごい雨ですね」
「あ、はい」




ぱちん。
よく使い古された鋏が糸を切るのを見つめていた銀時に、半纏娘が話かける。




「こんな雨の中、お買い物ご苦労様です」
「い、いえ」




うーん、お母さん遅いですねぇ、何してるのかしら、と苦笑するは半纏娘。
それに、銀時は御愛想で微笑んで答えるが、内心ではびくびくだった。
自分の周囲にはあまりいない、純粋な視線で見つめられるせいなのか、妙にどきまぎしてしまう。



「暑かったり寒かったりで、買い物も大変でしょう? 買い貯めしてもすぐ悪くなっちゃいますしね」



どうやら俺はこういうのに弱いらしいなと把握したところで会話が再開し、ほっと胸をなでおろした。



「いや、腐る前にガキ共が半端なく食うもんで……」
「あらー、それじゃあ大変ですねぇお父さんも」
「ち、父親じゃねぇ!」
「?」



半纏娘が首をかしげたそのとき、奥の扉が重々しく開き、おかめのような顔をした女性が出てきた。



「あーら、久しぶりじゃあないの銀さん! すっかり有名になっちゃってさ! 変ったわねぇ!」




老夫婦の、嫁の方だ。しかし、あの頃とは顔が全く変わっていた。
歳月が経ったことを感じるが、一瞬、「なにこいつ、じつは天人なんじゃねぇの?」と思ってしまうほどの変貌ぶりに溜息しか出ない。




「はぁ」



確かに、ここに良く来ていたのは、万事屋が有名に(というか、新八や神楽や定春を招き入れてから悪評高くなった気がしなくもない)なるもっともっと前、まだ昔のメンバーでワイワイしていた頃のことだが、自分よりもあんたの方がずいぶんと変わったよ、とは流石に言えなかった。




「はいこれ。ピーマン15個とトマト9つ、キャベツ4玉にお茄子が10個、あとおまけで大根も2本入れといたからね。御味噌汁にでもしなさいな」
「え、いやそんなに金ねぇよ」


ハイテンションのままぺちゃくちゃと喋りつつ、それでも動く両の手が、ぽんぽんと袋に野菜を投げ入れていく。




「あら何!? うちの野菜が買えないって言うの!? うちの野菜が食えないって言うの!? ……はい、合計で1000円ね」
「安っ!」



スーパーで買うつもりで持ってきた予算の3分の1の価格で買え、その上おまけの大根付きだ。これなら帰りにパチンコ寄れるんじゃね? へそくりに出来るんじゃね? しめしめ! と心の中でこっそり思う銀時。




「そうよー。雨や暑さの影響で形や色が悪いからね。でも味には全く問題ないのよ? なのに、スーパーとかはこういうの、みーんな捨てちゃうの」




もったいないわよねぇ、エコじゃないわよねぇとふくよかな頬に手を当てて言う老婆。その横で、半纏娘もうんうん、と首を縦に振っている。




「だから、今この時期ってうちの店はお買い得なのよ。……ああそうだ、」



そして何を思ったか、老婆は針仕事をしていた己の娘に、持っていたビニル紐を巻きつけ始めた。そのまま、腰のあたりで蝶々結びに結うと、ずずいっと銀時の方に押しやる。



「お母さん……?」
「うちの娘もついでに持っていかない? あの子、ちょっと身体弱くて嫁の貰い手がなくてね……」
「……はっ、?」
「ほら、さっき言ったじゃないの。野菜と一緒よ! 今ならお買い得よー?」





今ならお買い得!

「じ、自分の娘を野菜と一緒にするんじゃねーよ!」
「あら、うちの娘じゃ嫌? さっき銀さんどきどきしてたみたいだったから……ね?」
「しかも見てたのかよ!」




あっけらかんと笑いながら、銀時の背中をばしばしと叩く母親。
そんな銀時の横では、まんざらでもないように半纏娘が顔を真っ赤に染めて俯いていた。