「ねぇねぇ聞いてよ二人とも! 今日の夜、お祭りがあるんだって!」 御者になりすまして馬車を操縦するエーコと、アルロン伯の正使者として頑張って偉そうに振る舞うリンナと、女のなりをして女中の「マリーベル」のふりをするベルカの三人が、小さな山間にあるこの町に着いたのは、昨日のお昼のことだった。本来ならば、もう少し行った先の街で休憩する予定であったが、馬車に長時間揺られていたベルカの調子があまり良くないのに気付いたオルハルディが、気を利かせたのだ。 ただでさえ、ベルカは女性用のコルセットできつく腰やら腹やらを締め付けているのである。その苦しさは、リンナには到底理解できるものではないが、相当なものに違いない(エーコは女装が比較的慣れているようなので論外だ)。 その上、ここら一帯の地域は、とにかく道が悪かった。アルロン伯からかっぱらってきたのは、伯邸で最も良い馬だったが、そんな馬ですら難儀するような悪道。どこもかしこも土が硬く、また非常に凸凹しているのだ。馬を引くエーコの腕前は、本物の御者に負けず劣らずでなかなかのものだったが、それでも酔った。 宿はすぐに見つかった。なんでも、昨年隣の村にお嫁に行った女将の一人娘とマリーベルがよく似ているとかで、喜んで泊めてくれたのだ。 「祭り?」 「そう、お祭り!」 腰が痛くなっちゃったから、と早々と街に繰り出したエーコとは対照的に、ベルカは宿に着いてからはどこに行くでもなく、「女物の服って重いよなー」と言いながら宿でごろごろしていた。そんなベルカのお守り役を買って出たリンナもまた、宿に籠りっきりだ。 確かに、自分たちはどんな追手がいるやも知れぬ身分ではある。しかし、だからこそお祭りの喧騒に紛れて、たまには思う存分羽を伸ばそう、というエーコのささやかな願いに気付いてくれないようだった。 「かわいい女の子にいっぱい会えるかなー」 「興味ないな」 「屋台もいっぱい出ると思うけど」 ぴくん、とベルカの耳が反応した。ここらでもう一押しかな、と感じたエーコは、ちらりとリンナに目くばせする。 「そういえば、ここの街のベーコンと卵のココットはとても美味で評判だと、宿の女将さんがおっしゃっていましたね」 合図に気付いたリンナの言葉で、ベルカの心が更に揺れ動く。 「そうそう。あとロッシェもおすすめなんだってー」 「本っ当に、行かないの?」 たたみ掛けるように問えば。 「……い、行く!」 あっさりと落ちた。さすがは『食いしん坊なベルカ第三王子殿下』である。 「んー。行くのはすっごくいいんだけど、ベルカ一人で行くつもり?」 「え? 駄目か?」 「だってキミ……金銭感覚ずれてるじゃない」 いくら頑張って勉強したところで、長年染み付いた勘は返上できるものではない。ころっと騙されかねない。 「じゃあ、エーコが着いてきてくれよ」 「やだよぅ。えこたんには、この街の女の子たちに歌を届けるという使命があるんだもーん」 (続く……) といった感じの、シリアスなちょっと長めの物語です。女装BLものですのでご注意を。 |