は、俺の友人でもある彼氏の話をする度、いつも泣いている。
笑いながら楽しそうに話をするところなんて、見たことがないかもしれない。
俺とあいつと、3人で遊んでいた頃は、よく笑っていたような気がするけど。







親友である俺が言うのもなんだが、の彼氏ってやつは、女にとっては良くない男だ。




浮気は当たり前。
金はせびる。
その上、返す気も無い。
それで喧嘩になっても、悪びれるどころか開き直る。




「こんな人間だって分かってて付き合ったんじゃないの? 嫌なら別れるしかないね」




なんて、安くて面白くもないAVに出てくる間男みたいなセリフを吐き捨てるのだ。
あげく、酒好き・女好き・ギャンブル好きときてる。
典型的なダメ男なのだ。




に、なんであんな男と付き合ってんの? と聞いたこともある。
でも答えは、



「だって、好きだし……」




―――気付いたときには、も典型的なダメ女になりつつあった。
哀れを通り越して呆れて溜め息しか出て来ない。




彼氏に泣かされる度、は俺のところまで来て、泣き腫らした真っ赤な目から更に涙を流すのだ。
俺は、どんなに泣いても、涙というのは枯れないものだと知った。




誰かに愚痴りたい。
誰かに慰めてもらいたい。
俺は、そんなの願いを聞くだけの存在。
それ以上でもそれ以下でもない、ただの男友達だ。
俺が何か助言したからって、があいつと離れられるとは到底思えないしね。
どんなに辛く当たられても、ひどい仕打ちを受けても。
はあいつと、決して別れない、いや、別れられないと断言出来る。




いつだって、泣きついて、すがりついて、互いが互いに「別れたくない!」ってなることを、俺は知っているから。




……多分、どっちかが死ぬまで、終わらないだろう。




あいつも、あいつだ。
仮にも自分の彼女なんだから、もっと大切にできないのか、と思う。
あぁ。
俺だったら、こんなに泣かせたりしないのになぁ。




の笑った顔を、もう思い出せない。
だって、俺の所に来るはいつも泣いているから。




俺だったら……?




俺だったら、絶対にだけを愛し抜くのに。



こんなふうに泣く姿なんて、見たくないから。
まして、他の男に泣き顔なんて見せたくないし。
いろんな所に連れて行って、はしゃいで楽しく笑わせてやる。
優しくして、愛して、愛して、いつもいつも笑わせてやるのに。




なんて。
そんな風に思ったって仕方ない。
が好きなのは俺じゃないから。あいつだから。




そう思ったときに気付いた。
そうか。俺がいつもあいつにイラついてるのも、にイラついてるのも、




俺がを好きだからなのか。




いつも、俺なら、俺だったら、と思っていた。
もしかしたら、ただの同情なのかも知れない。




でも。
気づいてしまった日から、感情は溢れ出す。
止まらない。
止められない。
……止める気もない。




胸の奥の方、渦巻くどす黒い衝動。

……あいつを×したい。




俺は馬鹿だ。
そんなこと出来るわけない。
ただ、を愛しすぎて、周りが見えなくなってるだけだ。
でも、




「……退ちゃん。私、嫌われちゃったのかなぁ。……浮気相手の女の人にね、『あんたなんか、ただ可哀想だから付き合ってるだけなのよ』って言われちゃった……」




ある日。
急にに呼び出され、待ち合わせした洒落た喫茶店で、は泣き疲れてかすれる声で言った。
どこを見ているのか分からない、虚ろな瞳が揺らいでいる。




―――あぁ。こんなはもう見たくないよ神様。




溢れ出したものが、渦巻いてたものが形を成して、俺を動かした。




どっちかが死ぬまで終わりはないなら……。













、泣かないで?」




三週間後。
あいつはボロボロになって、どぶ川から引き上げられた。
女を食い物にする男が、川鳥に喰われた身体で引き上げられたんだ。
皮肉な話だろう?




―――わりと大変だったんだけど。




あいつ、意外に酒強かったみたいだし。
しこたま呑ませて、酔わせて、川に突き落とした。
あのときの、あいつの驚いた顔ったらなかったなぁ。




気付けば、俺は笑っていた。
もがきながら、俺に助けを求める、許しを請うあいつの目は傑作だった!




沈んで行くあいつを見ながら、俺は笑った。
親友だったから、心が痛むかな? とも思ったけれど、そんなことはなかった。
それよりも、を愛する気持ちの方が強かったのだろう。
の心をボロボロにしていく、あいつへの憎しみは尋常じゃなかったらしい。
許せないくらいに。




愛情は友情を越えた。
あいつのいない世界は、身震いが出るくらいに心地良かった。
心配してた俺への疑いも、酔っ払いの転落死だから事故とされて、無し。
日頃の行いって大切だねぇ、やっぱり。



今日はあいつの葬儀。
はまた泣いている。
どうして、なんで、って泣き崩れるばかり。




あぁもう!
せっかく泣く原因を片付けたのに、泣いてちゃ意味ないじゃないか。
泣き虫だなぁは。




大丈夫。これからは俺がついてるよ。
俺ならを泣かしたりしない。
を泣かすヤツは、俺がすぐに消してあげる。
ずっとずっと守ってあげるからね。




は、俺を見つけた途端に駆け寄ってきて、さっきから胸にしがみつき、わぁわぁ泣いていた。
俺も、なるべく悲しそうな顔をしたいけど、想像通りの反応に、にやけてしまいそうになる。
俺は緩んだ口元を手で抑えながら、の小さく震える耳に、囁いた。




「愛してるよ、






   水に沈む殺意


が手に入るまで、あいつが川へ沈んでいく時間より短いだろう。