池袋 来良総合病院 某病室




 彼―――遊馬崎ウォーカーが、目を覚ましたのは真っ白なカーテンに囲まれたベッドの上だった。
 消毒液のような鼻につんとくる刺激臭を感じて上半身を起こし、周りを見渡す。ベッドは見たことも無機質な機械に囲まれており、そこから伸びる管は、驚いたことに自分の腕に繋がっていた。簡易な服は病院で着る患者用の寝巻であり、当然ながら、自分の物などではない。
 ふと、時計を見る。見慣れぬチェストの上に置かれたデジタル時計は、午後二時を示していた。




「知らない天井だ……」




 起きたばかりで状況は理解できなかったが、こういうときでも己のオタク精神は歪みないらしい。現に今も、正体不明の敵・使徒を、人造人間のようなロボットを使って倒す、というストーリーが社会現象にもなった某有名アニメの主人公の台詞が、口からすらすらと零れ出る。
 推理するまでもなく、間違いなくここは病院だろう。でも、どうして自分はここにいるのか。未だに覚醒しない脳内を、必死にフル活動させる。
 確か昨日は、前々から「人気アニメの氷像を作ってくれ」と依頼があった出版会社のパーティのため、夕方から出かけたはずだった。予定よりもちょっとばかし家を出て、パーティ会場である有名ホテルに向かう途中までは、詳しく覚えている。
 その後。雑踏をかきわけながら歩いている最中、不意に不自然なほど暗い影が背後に差して―――




「そう、だ」




 そのまま、鈍器のようなもので後頭部を殴られたのだった。
 あれは多分、昔の仲間だったと遊馬崎は思う。ほんの一瞬、振り向こうと首を動かしたときに、仄かに薫った甘ったるいような煙草の匂いで気づいたのだ。
 輸入物の、日本ではなかなか手に入らないようなちょっと珍しい煙草で、「オンナってのは甘いもんが好きだからな」と言って、その煙草だけを好んで吸っていた昔の仲間、そいつが吸っていた煙草の匂いが、まさにあれだった。
 昨日遭遇したことを反芻し出した途端、頭がずきずきと痛み出した。鎮痛剤が切れたのか、思い出したから痛み出したのか。瘤になっているんだろうか、と手でさすろうとしたが、腕に刺さっている点滴が邪魔で、諦めた。仕方なしに、そのままゆっくりとベッドに体を預ける。
 と、そのとき。遊馬崎の視線は、ベッドの端の真っ黒い塊のもぞりとした動きを捉えた。驚いて、再度半身を起こす。




「……え、?」




 俯いているからなのか、少しずれている黒い帽子。そこからはみ出ている長くて黒い髪。同じく真っ黒な服。そこから導き出される人物は、一人しか思い当たらなかった。




「狩沢、さん?」




 小声で名前を呼んでみると、うとうとしていたらしいその女性が、顔を上げて緩やかに目を開けた。閉じられていた黒い瞳が揺れ、そして。




「ゆ、ゆまっち……起きたのね!」




(続く……)







といった感じの、シリアスちっくな物語です。結構長い。