計画は完璧でもっと単純なはずだった。 目的は最近横行している、真選組の名をかたった窃盗集団の摘発。 近藤局長と土方副長がはった網に、こちらの作戦通りにかかった奴らを取り押さえたのまでは良かった。 しかし。 隊士に取り押さえられた、主犯格の女が大いに暴れて。 その手は袂に隠し持っていた拳銃を素早く抜いて。 銃口が、真っ直ぐに副長を目指し。 耳を劈くような乾いた音がして、時が止まったかのようなスローモーション。 沖田隊長が、何かを叫んだ。 はらりと、血飛沫を上げながら倒れたのは、唯一の女性隊士のさん。 それは、美しく鮮やかな、地獄絵図だった。 三週間。 鬼の副長は、気持ち悪いくらいに静かで冷たかった。 さんは昏睡状態が続き、一時は生命の危機まで危ぶまれた。副長の心臓をぶち抜くはずだった銃弾は見事に彼女の頭を突き抜けて、貫通していた。 血飛沫。 血溜り。 はらはら揺れる髪。 瞼の裏に繰り返されるその情景は、優秀な監察である俺ですら、涙が浮かぶ。 それでも、鬼は平静を保ってひたすら黙々と仕事をこなし、俺たち下っ端はただ黙ってそれに従うのみ。 「心配じゃないんですか!」 そう詰め寄った俺を一発だけ殴った後、淡々と仕事をした副長。 ……薄く笑ったその真意を知る人は、いない。 数日後。 「昏睡状態から醒めた」という連絡を受けて、俺の運転する車は軽やかに大江戸病院に向かった。 しばらくして、集中治療室に案内された俺たちの目に映ったのは―――真っ白なベッドに埋もれる眠る人。 頭に巻かれた包帯が痛々しい。 傍らに座る医者が深刻な面持ちで会釈する。 「先程意識を取り戻したばかりです」 「そうか、」 副長が、安堵の色を滲ませながら、黒い瞳がうっすら開かれたと目を覗き込む。 が。 ぼんやりした其処からは、何の反応もなかった。 それでも、鬼は優しく笑う。 同様にホッとした俺の心を、果たして動かす医師の咳払いが病室に響いた。 「あの、大変申し上げにくいことなのですが」 「何だ?」 「今後詳しい検査をしなければ解りませんが、……患者さんは脳に傷を負っておられます」 「はぁ」 悪い想像が過ぎる。 「何らかの障害が出るかもしれませんし、あるいは、記憶に所謂喪失のような状態で、支障が出るかもしれません」 ……記憶の、喪失? 綺麗な人は、白い部屋で眼を覚ました。その瞳には、優しく笑う鬼が映る。 「お、目が覚めたか」 「?」 「自分の名前は解るか?」 「……?」 「俺のことは解るか?」 ふるりと。瞳が不安げに揺れた。 「無理もねぇな。お前は“大きな事故”に巻き込まれて、大怪我をしたんだ。解るか? 体が痛いだろ。包帯も巻かれているし」 彼女は訝しげに頭を振るが、固定されていて確認は出来ない。 「お前の名前はだ。思い出せるか?」 数秒のブランク。 悲しみに縁取られた瞼が伏せられる。 「気にすんな。お前を責める気はねぇよ。……そうだ、俺は土方だ。土方十四郎という」 珍しく慈愛に溢れた表情に、反吐が出そうだ。 「お前の婚約者だ」 ―――何と言う茶番劇の始まりだろうか。 『お前は、松平のとっつぁんの親戚でな。真選組である俺と、順調なお付き合いの末、婚約するまでになったんだよ。お前はとっつぁんの繋がりで真選組女中として働いていたわけだが……』 すらすらと立て板に水を流すように、彼の声が漏れ聞こえる。 検査の結果、さんの記憶を取り戻すことは困難だと判明して、副長が行っていることは、記憶の捏造だった。 笑い声を含んだ楽しそうな声がする。それこそ仲の良い婚約者同士の光景だ。 しかし、知っている者から見れば、なんとも奇妙な光景。 狂ってる。 むしゃくしゃする。 白い室内を睨みつけるが、中は窺い知れなかった。 綺麗な人は穏やかに笑う。 以前よりも、その回数ははるかに増えた気がする。 「山崎さん? ちょっと待ってて下さいね」 風に舞うは長い髪。 薬指には綺麗な指輪。 まだ目立たないが、胎内には確かに育っているという新しい命。 ……幸せそうな新婚夫婦の像。 しかしそれは、砂の上の城のように、危なっかしくて風と波とに侵され続けるものなのだと、俺は知っている。 「ごめんなさい。すぐに来ると思うので、待ってて頂けますか?」 僅かに足を引きずりながら、綺麗にさんは微笑んだ。 つられて笑い、胸に湧くのは、幸福感。 優しい嘘に侵食される。 じわり、 じわり。 副長が、と会話する。 笑う、―――その声が俺には届かない。 副長は、本当にそれでいいと思っているんですか? 本当に幸せですか? 虚構の幸せは信じられないくらいに穏やかで優しく美しくて。 脆く儚くあやふやで、必死に守らないと壊れそうで。 ああ、痛々しくて泣きたくなる。 ぜ ん ぶ を う そ で ぬ り か た め |