「ホント、へーすけのお菓子作りの才能だけは評価できるわ」
「いやいや、他にもなんか、ホラ。あるんじゃないかと」
「うーん、正直ちょっと見つからないです」


理科の授業が終わった後の休み時間。
「じじ先生の授業はなんだか非常に退屈で意味不明で頭が痛くなるよねー」とボヤいた私に、平介が自分で作ったのだというクリームチーズのシフォンケーキをくれた。というか、疲れたときは甘いものが必要だよね! と言って勝手に強奪した。
それにしても、なんだこれは! しっとりふわふわだし、昨晩に焼いてるはずなのにクリームチーズの香りがまだしているし、隠し味のレモンもさわやかで、すごくおいしい。これは何切れでもいけそうだ。
まぁ、次の授業が終わったらお昼ご飯なので、そんなに無茶はしないけれど、とても一介の男子高校生が作ったものとは思えない。というか、私には作れない。
ダイエットは明日からよ、と言い訳をして二切れ目を咀嚼していると、近づいてくる足音が2人分。


「ズルい! いいもの食べてる!」
「くれよ」
「あ、そーくんに鈴木くん」


平介のお菓子に群がり、瞬時に手を伸ばす2人。おお、早い! 手が見えなかった。


「それ俺の分……」
「いいじゃない、また作ればさー」
「ケチくせぇやつだな」


文句言ったり言われたりしながらも仲良くケーキを食べている2人を微笑ましく見つめる(平介は反応が鈍くてはじかれた)。
ご近所さんで昔から仲の良かったそーくんの紹介で、私は平介と鈴木くんと仲良くなった。小さいころから「は俺がいないと駄目だからなー!」とか言っていたそーくんは、ちょっとワルだった中学時代も、そして高校生になった今でも過保護な兄か何かのように私に構ってくる。
まぁ、そのおかげでこうして美味しいお菓子を食べられるのだし。そーくんには感謝しなくてはならないかもしれないけれど。


「あ、ごめん。全部食べちゃった」


結局、そーくんと鈴木くんは手と口を休めることなく平介の分も食べつくした。
箱の中に残っていたクリームチーズのシフォンケーキは(結構な大きさがあったにも関わらず)綺麗に全部2人のおなかの中へ。
私がケーキに手をつけず、ぼーっと突っ立ってることに気付いたそーくんが謝って来たけれど、


「ううん、もういいや。次終わったら昼休みだし、最近ちょっと太り気味だし」
「えー? 太ったようには見えないけどなぁ」
「そうは見えなくても、女の子は繊細なんですー」


特に、恋する乙女はね、という言葉は、胸の中でだけ呟いておく。


―――私は、鈴木くんが好きだ。


いつ好きになったとか、そういったことは覚えていない。気が付いたら、好きだった。
でも。気持ちを伝えるつもりはない。少なくとも、今はまだ。
今のままの関係をもう少し続けたいから。平介のお菓子を仲良く食べる友達、という心地よい関係のままでいたいから。


「お前の菓子作りの才能だけは、本っ当に評価できるな」


指先についたシフォンケーキのかすを払いながら、鈴木くんが平介に言う。


「それ、さっき私も同じこと言ったよ」
「俺も思ったけど言わないでおいたのに。っていうか、みんな同じことを思うんだねぇ」


3人から同じことを言われるなんて、なんてかわいそうな子なんだ……。
平介を同情の眼差しで見るが、本人はこれっぽっちもなんとも思っていないような顔でシフォンケーキの入っていた箱を小さく丸めている。


「なんか俺、コーヒー飲みたくなったかもしれない」
「そうだねー。このケーキは、紅茶よりかはコーヒーって感じだもん」
「確かにな。……まだ休み時間あるし、買いに行くか」
「「さんせーい!」」


そーくんのアイディアに乗っかって、私たちは教室を出て自販機に向かう。


「へーすけくん、ケーキのお礼に私がジュースをおごってあげよう」
「ああ、どうも」


どんどん先に行ってしまうそーくんと鈴木くんの後ろを、だらだらとついていく私と平介。
「ねー、今度なんかお菓子作りたいんだけど、私でも簡単にできるものない?」「うーん。そうだなぁ、ホットケーキミックスは万能だよ」などと会話しながらのんびり歩いていると、平介が突然「あ、」と声を上げた。


「鈴木、首んとこ赤くなってる」
「あ?」


引っ掻いたのかかぶれたのか、はたまた虫にでも喰われたのか。平介の言うとおり、二歩先を歩く鈴木くんをよくよく見やれば、その首には赤く発疹のような跡があった。っていうか、平介視力いいな。


「ホントだ。なんかキスマークみたい!」


そう言って、鈴木くんの横でそーくんが笑う。私のいろいろな気持ちが、ずしんと重みを増した。


「あー、そうかよ」


……なんで否定しないの。
いつもみたいな、乱暴だけどでもどこか優しい口調で「そんなわけねぇだろバカか」って言ってよ。お願いだから。


「ねー、。そう思わない?」


くるりと後ろを振り返り、無邪気そうにそーくんが聞いてくる。ああ、お願いだから、私に話を振らないで。


「……男の子ってそういう話題、好きだねぇ!」


声、裏返ってなかっただろうか。ちゃんとテンポよく返事出来てただろうか。
そーくんの馬鹿。お馬鹿。
いっつも私のそばにいるくせに、どうして大事なところで私のことを理解してくれないの。
なんで、鈴木くんが好きだっていう私の気持ちを察してくれないの。


あんなに美味しかったはずのシフォンケーキが、胃の中で急に重くなっていくのを感じて、私はなんだか吐き気がしてしまう。
同時に、ぼんやりとした眩暈にも襲われて。


「ん? 、どうかした?」
「あ、え。ううん、何でもない!」


急に歩みを止めた私を訝しげに見る平介に曖昧に返事をして、再度足を動かす。でも、みんなどんどん歩いて向こうへ行ってしまって、私の歩くペースでは追いつけない。


「もー、ちょっとくらい待ってよー」


走り出すけれど、なかなか追いつけない。
縮められない距離感は、柔らかいシフォンケーキにも似ていて、なんだかもどかしかった。





クリームチーズシフォンのソシオメトリー

青春の中の恋愛は、レモンのように隠し味なんかじゃ困るの。




続きます。
続きました。